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英雄たちの選択「富士山大噴火 現場指揮官・復興への葛藤」 [英雄たちの選択]

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今回は江戸時代の災害と復興の話でした。
すでに大地震と津波に苦しめられていた小田原藩に対して富士山の噴火という追い打ちでしたが、火山灰は地元では2mも詰もるというひどい有様でした。この当時の状況について、日本人は記録魔なので庶民もよく記録を残していたと磯田さんは言っています。


そして、当時の幕府が被災者に言い渡したのは自力で復興せよということでした。幕府から何らかの支援策が打ち出されると思っていた農民の落胆は深かったことでしょう。幕府も何もしなかったわけではなく、初めての試みとして全国から現在の震災復興税のようなものを集めていたのですが、問題はこれを集めた荻原重秀です。荻原はマクロ経済家としては非常に優秀な人物で、現代でいう管理通貨制のようなものを考えていたのですが、こういう人はあまりミクロまで頭が回りません。せっかく集めた資金も3割程度しか村の復興のためには使われなかったのです。


代官として現場に派遣された伊奈忠順は農民に懇願されて村の様子を見て回り、廃村の危機に瀕している様子を目撃します。最初は伊奈忠順も自力で対応せよと説いていたのですが、飢餓に悩まされる村の様子を見て支援策を打ち出すことを決意し、農民を直接荻原重秀に面会させて窮状を訴えさせることまでしています。


福田千鶴さんによると、江戸時代の社会では百姓はずっと生まれた土地で生きるものと考えられており、それが幕府の基本政策であったといいます。百姓が土地を離れると、どこかの屋敷に奉公して暮らしていくしかありませんが、そうなると本百姓ではなくなるので下駄を履いてはいけないとか傘をさしてはいけないとか、人権すらないような状況に置かれることになります。生まれた村を離れるとはそれほど辛いことなのです。結局伊奈忠順が見捨てなかったために村は復興するのですが、その後伊奈忠順は駿府の米倉を独断で開いて百姓に分け与えたために切腹することになったという説もあります。


もし現在、富士山が噴火するような事態となると空港や高速道路が使えなくなり、灰によって精密機械が使えなくなるなど経済が根本的に麻痺してしまうことになりかねません。江戸時代よりもひどい被害が出る可能性もあります。伊奈忠順の対応がそのまま役立つということはないでしょうが、このようなこともまた知っておくべき史実の一つであるように思います。


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