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映画『のぼうの城』と騎馬鉄砲 [戦国時代]


事前の評判からなんとなく漫画っぽい映画になっているのかなと思っていましたが、成宮さんの演技など現代的すぎるような点はあるもののちゃんと時代劇としては成り立っているように思いました。個人的に面白かったのが、正木丹波率いる忍城軍が「騎馬鉄砲」を使っていることです。騎馬鉄砲といえば伊達政宗が大坂の陣で使ったと言われていますが不明な点が多く、実際に使い物になったのかどうかはわからないのですが、映像として見せられるとこういうのもありかな、と思えてきます。


映画の中では石田軍が最初に忍城に攻め寄せた時には鉄砲隊が最初に攻撃を仕掛けているのですが、原作小説でも描写されていたように正木丹波は鉄砲のぎりぎり射程外まで接近して最初の射撃をかわし、鉄砲隊が玉籠めに手間取っている間に騎馬に乗せた鉄砲隊が発砲するという戦術を取っていました。この時代では最初に仕掛けるのは弓ではなく鉄砲だったのですね。戦国時代では時代が下るごとに鉄砲隊の比率が高くなることが知られていますが、秀吉の天下統一の末期には鉄砲の装備率が20%近くになった部隊もあるそうです。


ここでも気になるのが長篠合戦での「三段撃ち」です。これがよく言われる三交代制のことを指しているのなら、信長の後継者である秀吉もこの戦法を受け継いでいるはずなので、三成もこの戦法を採用して玉込めによる時間のロスを防いだはずです。ですが映画の中では石田鉄砲隊が水田の泥に足を取られている上に玉込めに時間がかかっている間に忍城軍に攻撃されているので、三交代制の射撃という戦術はなかったという解釈なのかもしれません。この時代、鉄砲は強力ですがまだまだ弱点も多い武器でした。


のぼう様が百姓の心をつかんでいるというのもうまい設定だと思います。おそらく忍城の軍隊は兵農分離などしていないでしょうから、のぼう様が百姓に人望(?)があることがそのまま兵の士気を上げることにつながります。前田吟さん演じる百姓が「我らは元をたどれば皆坂東武者なのだ」という台詞にも現れているように、この時代の農民は戦闘意欲も旺盛でただ田畑を耕すだけの大人しい存在ではありませんでした。


演出という面から見ると、主演の野村萬斎さんはのぼう様というにはちょっと賢く見えすぎ点はありますが、最大の見せ場である船の上での田楽のシーンなどはまさに野村さんでなければできないところなので、この人選は良かったと思います。難を言えば、もっと甲斐姫が活躍するところが見たかったですね。
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英雄たちの選択「家康逃げる~天下への道 伊賀越え~」 [英雄たちの選択]

本能寺の変が起こり家康が三河にたどり着くまでどのルートを取るべきか?という選択でしたが、伊賀越えルートと海路ルートで意見は割れたものの、光秀に味方したふりをするという選択をする人は誰もいませんでした。私もこれだけはないかな、と思います。光秀に殺されるかもしれないし、主君を討った光秀に味方してしまうと後で光秀を討つ大義名分が立ちません。


今回は特に新しい情報はありませんでしたが、一番安全なのが回路だと判断する人が多い中で多田容子さんは家康はトップアスリート並みの身体能力があり、脚力も抜群だったので伊賀越えはそれほど困難ではなかったのではないかという判断でした。茶屋四郎次郎の資金力も地元豪族の買収に役立っただろうというのも伊賀越えを選択する理由としてあげられています。


家康が伊賀超えを選択したのは大きな賭けだというのがスタジオでの雰囲気だったのですが、家康なりに情勢を分析して実はこれが一番安全だったという判断はありえないのでしょうか。このあたりはあまり知識がないのですが、いくら最短距離でも海路が最も安全であるならこれを避ける理由が家康にあるとは思えないので、何か私たちが知り得ない情報を家康が掴んでいた可能性はあると思います。


本能寺の変は武田が滅びてわずか3ヵ月後に起きています。同じ年に武田と織田という大勢力が2つも消滅したというのは奇跡としか言いようのないことで、ここから家康の天下取りが始まりました。本能寺の変が起こらなければ武田の領土は全て織田のものとなり家康が付け込む隙はなかったので、家康は恐ろしい程の強運の持ち主だったことになります。真田と家康との因縁もまさにここから始まるので、来年の大河への伏線としても大事な回でした。
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