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[読書]木谷勤『もう一度読む山川世界現代史』 [近現代史]


近代世界システム論で書かれているということで注目していた本ですが、実際読んでみると帝国主義以降の歴史を「中心」「周辺」「半周辺」の国家に分けて説明することでかなり明快に解き明かすことに成功していると思います。なぜ世界が今のような姿になっているのか?が、本書を読むことでかなり明確になると思います。


「近代世界システム論」とはウォーラーステインの提唱したもので、「中心」となる国家は自国の工業の発展のために「周辺」の国家に農作物や資源の生産に特化させ、低開発状態を押し付けて自国に優位な経済システムを構築しているというものです。この流れは1500年頃から始まるとされていますが、産業革命による工業化がよりこの流れを加速させています。工業が遅れた国家は「中心」諸国に経済的に従属し、多くは植民地化されていきます。近現代史は国家同士の関連が複雑であるために国家の関係をシステマチックに理解する視点がないと理解しにくく、そのための一つの有効な視点が近代世界システム論であるというわけです。


この視点から見ると、帝国主義というのも「中心」諸国が自国の利益に都合よく「周辺」諸国を作り変えていくプロセスであるということがよくわかります。「周辺」の国家がずっと周辺のままであるわけではなく、もともとは「周辺」だった日本も近代化に成功し周辺国を脱し、近隣諸国を周辺国として支配していくことになります。しかし帝国主義としては後発国である日本は経済基盤が脆弱であり、東南アジア諸国を「周辺」に位置付け日本を「中心」とする「大東亜共栄圏」も到底維持不可能でした。


第二次対戦に至る欧米諸国の政治状況についても、こうした世界システム論からの説明が試みられています。世界で最も先進的なワイマール憲法を持っていたドイツは大恐慌によるアメリカ資本の引き上げのダメージが最もひどく、結局大恐慌からドイツを救う功績のあったヒトラーに力を与えてしまいます。一方、フランスではフランス革命以降左派の勢力が強かったことに加え、広大な植民地を持っていてフラン・ブロックを形成できたことで恐慌の影響が緩和され、ファシズムの台頭も抑えられました。植民地の生み出す経済力が民主主義を守ったとは何という皮肉でしょうか。


第二次大戦後、アメリカが超大国として台頭したのも結局、「中心」国としてイギリスやフランスに財政援助を行い、大戦の勝利に大いに貢献したからです。強い経済力を持つ国家が結局世界を牛耳ることになるのは大戦後の歴史を見ても明らかです。これまでただの事実の羅列であった歴史を経済を軸として見ることで、かなり明確な見通しを得ることができます。ただの英雄物語ともイデオロギーによる断罪とも違う、現代史の書物としてかなり重宝する一冊だと思います。


現代に目を転じてみると、中国やインド、ブラジルなど、西洋列強によって「周辺」国とされた国が台頭し始めています。アメリカが覇権国家であった時代もいずれは過去のものとなり、これらの国家があらたなヘゲモニー国家として台頭するのか、まではわかりませんが、未来を見通す上でも本書を通じて現代史と世界システム論を学ぶのは非常に有益であることは確かです。
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[読書]井上勝生『シリーズ日本近現代史1 幕末・維新』 [近現代史]



幕末はあまり詳しくないので、何か基本書でもと思ってこの本を読んでみました。岩波なので基本日本には厳しいかと思っていたら、幕末の外交がかなり高く評価されていることに驚きます。日本はオランダからペリーの情報を手に入れていたので「太平の眠り」から黒船で覚まされたのではないし、ペリーの恫喝に対しても冷静に、したたかに立ち回っていました。


たとえばペリーは「日本高官」に直に大統領書簡を渡すと言っていますが、これに対して江戸の与力は国には「その国の法」があると応じ、これを犯すことはできないと言います。これは与力中島が近代交際法を知っていてその知識により対処したのですが、中国で開明派官僚の林則徐がイギリス代表に言ったことと同じです。幕府は決してペリーに屈したのではなく、あくまで「小国」である日本の実力を冷静に見つめ、その中でできるだけのことをしたのです。


しかしこの幕府の現実路線を朝廷は認めようとしません。特に孝明帝は頑固で、しきりに幕府に攘夷実行を迫り日本が「黒土」になっても夷狄と戦うなどと言い出します。それでいて攘夷派が過激化すると今度はそれにも腹を立てています。自分で攘夷を煽っていたのにどうにも困った人だなという印象しかありません。実際幕末の雄藩では広く交易を行っていたので開国が必要であることは皆理解していて、孝明帝の攘夷など書生論に過ぎないと考えられていました。鷹司政通のような開国派公家の意見を取り入れる柔軟さを帝が持っていれば、あるいは倒幕などなかったのではないかと思わずにいられません。


花燃ゆではこれから高杉が奇兵隊で活躍すると思われますが、百姓や被差別民ですら参加することのできた奇兵隊も民衆に対しては抑圧的であり、必ずしも理想の軍隊ではなかったことも示されます。被差別民が隊内で手打ちにされることもあったようで、その生活は相変わらず厳しいものでした。


硬い概説書なので幕末の志士が活き活きと活躍する様子を期待すると当てが外れてしまうと思いますが、幕末の外交については学ぶ点が多く、幕臣には賢い人物が多かったことがわかります。阿部正弘の開明性が高く評価されているだけに、37歳での早世は惜しまれます。阿部がもっと長生きし、孝明帝がもっと柔軟性があれば雄藩との協調路線で幕府を中心とした近代国家ができていたのではないかというシナリオすら想像させます。

[読書]速水健朗『ラーメンと愛国』 [近現代史]



帯に「ラーメンから現代史を読み解くスリリングな試み」とあるように、これはグルメ本ではありません。あくまでラーメンを現代史の中に位置付けるための本です。そのため、ラーメンの定着した歴史的背景や政治的状況についての記述が多く、ラーメン自体の話はそれほど多くないためラーメン好きが「ラーメン史」として読むとやや物足りない面があるかとおもますが、ラーメンの本ではあまり見ることのできない「ラーメンの社会史」という視点からは多くの発見がある本だと思います。


最近、「昔ながらのラーメン」が食べたくてあちこちのラーメン屋をめぐっているのですが、この「昔ながらの味」というのが何なのか、今ひとつわからなくなっています。私自身はせいぜい1980年代のラーメンの味までしかさかのぼることができず、その頃食べていたのは主にどさん子などのチェーン店でした。著者によるとこのどさん子ラーメンはサッポロ一番とともに「札幌=味噌ラーメン」というイメージを定着させた存在で、もともと札幌にあった醤油とんこつラーメンとは異なるものなのだそうです。どさん子はラーメンのフランチャイズチェーンとしては最も成功したもので、くるまやらーめんや8番ラーメンなどとともにロードサイドに展開したチェーンでした。地方都市の景観を作る先駆け的な存在と言えるかもしれません。


昔懐かしい味といっても、私自身はこうしたチェーン店の記憶くらいしかなく、地域の伝統に根ざすものではないラーメンなのですが、速水さんによると各地にできた「ご当地ラーメン」もまた「多様性が失われ画一化された戦後日本の食文化の象徴」なのだそうです。確かにご当地ラーメンには各地方ごとの個性があるのですが、それは田中角栄の政策により「ファスト風土化」し均一化された地方が新たな観光資源として郷土料理に変わって生み出したものであるということのようです。


こうした流れの上に、90年代のラーメンブームがやってきます。この頃はリアルタイムでTVチャンピョンを見ていたのでよく覚えています。この頃ラーメン王の称号を獲得した人の中からラーメン評論家も生まれ、ラーメンはエンターテイメントとして消費される時代になりました。そして著者が注目するのが90年代から台頭する「作務衣系」ラーメン屋です。和風な意匠が導入され店名も「麺屋」「麺処」といった和風の名前が使われることが多くなった90年代ラーメン界はバブルが崩壊し、自信を喪失した日本人が日本的なものにアイデンティティを求めていた空気とリンクしています。タイトルの「ラーメンと愛国」がようやくここでつながります。こうしたラーメン店の店主が愛国的な思想を持っているわけではなく、名前も特に意識して付けていないかもしれませんが、ラーメン店の店名にも時代の空気が確実に反映されているのです。


大量生産主義でない職人の技やご当地ラーメンという物語、のれん分けなどが行われているラーメンの世界の中に、著者はかつて失われたはずの日本の伝統の復活を見ます。こうした「伝統」はあくまで「フェイク」であり「趣味的ナショナリズム」だと著者は言うのですが、ラーメンであまり真剣に思想など語られても困ってしまうので、その程度のもので良いのではないかと思います。わずかに残った伝統産業を除けば、私たちはもう直に「日本の伝統」に触れることはできません。ラーメン文化が「ファスト風土化」の成れの果てであるとしても、どの道この世界しか知らない私にはあまり関係のないことなので、意識の低いまま今後も食べ歩きを続けたいと思っています。

[読書]磯田道史『歴史の読み解き方 江戸期日本の危機管理に学ぶ』 [近現代史]

サブタイトルは「江戸期日本の危機管理に学ぶ」となっていますが内容は甲賀忍者や江戸の治安文化、薩摩の郷中教育、司馬文学など幅広く扱っています。磯田さんの文章は読みやすいですが内容は濃く、特に長州藩の教育文化や綱吉の時代の治安文化の変化について興味深く読みました。


第1章「江戸の武士生活から考える」では濃尾平野で最初の近世的な武士集団が成立したことを説き、ここで初めて主人への忠誠心の強い主従関係が出来上がったと言っています。これは分権的な傾向が強く主君に呼び出されたら戦場に赴く武田や上杉・毛利家などとは異なるもので、城下町に集住して一致団結して訓練をし、鉄砲で武装したために天下統一への強力な足場を築くことになったというのです。もっとも、これは最近の戦国史研究者による「信長の軍隊は兵農分離などしていない」という主張とは異なるものなので、どちらが正しいのかは気になるところです。


このように総大将の周りに家臣が密集して火縄銃で戦う軍隊は戦国時代には強かったのですが、江戸時代には戦争がなくなったために、幕末までこの戦術が「冷凍保存」されることになってしまいました。そして長州藩が幕府軍と戦った時には大村益次郎がライフル銃で密集している幕府軍を散々に打ち破りました。幕府の密集した軍隊は長州藩の三兵戦術の的にされてしまったのです。戦国時代最強の戦術は幕末にはただの時代遅れの軍隊に成り下がっていました。


ではなぜ長州藩はこうした先進的な戦術を取り入れることができたのか?については、「長州という熱源」の章が参考になります。長州藩は海に囲まれているために国防意識が育ちやすく、西洋式兵制を取り入れる必要性を理解していました。この近代的軍隊の代表が奇兵隊ですが、長州は戦国時代以前から文化水準が高く、庶民もある程度文字を読めたことから一丸となって長州を守るというある種の「国民意識」が芽生えたと磯田さんは言います。


先日の英雄たちの選択スペシャルでは会津と長州の比較を行っていましたが、この本の中では海に囲まれていて国防意識の育ちやすかった長州と盆地に囲まれていて外国の脅威を感じにくかった会津とを対比しています。海に囲まれていた藩といえば薩摩も同様で、この薩摩と教育水準が高く素早く西洋式兵制を取り入れた長州が幕末史の中心になったのは当然と言えます。御前会議に藩主が出席していたことも幕末では珍しいことだという指摘もあり、やはり長州はかなり特殊な藩でした。「そうせい侯」毛利敬親は会議に出席しているだけでも大きな意味があったのです。



[読書]『もういちど読む山川日本近現代史』 [近現代史]

近代史というのは知らないわけにはいかないのではないか、と最近強く思います。日中間や日韓関係、あるいは憲法改正論議等においてしばしば日本の過去の行為について言及されますが、これに対してどういう態度を取るにせよ、まずは教科書的な事項を頭に入れておかなければベースとなる知識が得られません。


日本史の教科書を読むのもいいですが、特に近代史に絞って学びたいという大人におすすめしたいのがこの『もういちど読む山川日本近代史』です。扱っている範囲は幕末から太平洋戦争の終結までで、終戦後の歴史については書かれていません。「近現代史」ではなく「近代史」の本です。内容については、物語的な面白さがあるわけではありませんがなかなかメリハリの効いた叙述で読みやすく、砂を噛むような史実の羅列ではなく「なぜそうなったのか」がわかる記述となっています。


特に序文の「日本近代史をどうみるか」は重要です。日本の近代は西洋諸国に比べてその不十分さや対外的には侵略性が指摘されるなど、否定的な評価が多かったのですがこうした見方に対する疑問が示されており、例えば7月王政治のフランスに比べて明治20年頃の有権者数はずっと多かったことが指摘されています。君主権力の強いプロシア憲法を参考に作られた明治憲法下でも、伊藤博文により政党内閣が組織していて、天皇の法律裁可権も形式的なものだったとしてイギリスと大差ない政治体制だったと解説されています。日本の近代史の理解も否定一辺倒のものではなくなってきているようです。


明治維新は市民革命だったフランス革命に比べて不完全だとかつては言われていたものですが、今ではフランス革命の負の側面についても研究が進んでいます。そして諸外国の革命に比べて明治維新の犠牲者の少なさについても指摘されます。戊辰戦争での戦死者は8200人程度とされ、これにくらべてパリ=コミューンでは3万人ほどの犠牲者を出しています。戊辰戦争の犠牲者に西南戦争の戦死者1万3000人を足してもこの数字には届きません。急激に変革を遂げた時代にしては、犠牲者は少なかったという評価もできるのです。


もちろん日本の近代史は素晴らしいことばかりではありませんし、日露戦争では死傷者は20万人にも達しました。こうした近代史の光も影もこの本には過不足なく書かれています。ちなみに、この教科書では日本が帝国主義段階に入ったのは日露戦争以降という認識です。日清・日露戦争は侵略戦争ではないという理解なのでしょう。
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